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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)992号 判決

控訴人 吉田武雄

右訴訟代理人弁護士 香川一雄

被控訴人 株式会社東和銀行(旧商号 株式会社大生相互銀行)

右代表者代表取締役 前田文雄

右訴訟代理人弁護士 阿久澤浩

丸物彰

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1、2の事実及び同3のうち、被控訴人霞ヶ関支店長細村隆が原田工務所に対し控訴人主張の融資をしていたことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件担保契約の締結は同支店長の言を信じた控訴人の動機の錯誤に基づくものと主張し、また、同支店長の詐欺ないしは権利濫用の不法行為によるものであると主張するので、以下これにつき検討する。

前記争いのない事実に、≪証拠≫及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定に副わない甲第二四号証の二の記載部分、原審証人原田洋満の証言部分、原審における控訴人本人尋問の結果の一部は、いずれも措信し難く、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原田工務所は、建売りを主な業務とする原田の個人会社であるが、かねてから営業資金に窮し、同支店から分散融資を受けるなどして漸く凌いでいたものの、昭和五二年ごろには融資を受けるにも担保に供しうるような資産もなく、同支店からの融資残高のみでも昭和五三年一月の時点で総額一億七二〇〇万円に及んだ。

2  控訴人は、昭和四七年以降会社組織でゴルフ練習場を経営しており、その近くに居住し、同ゴルフ練習場にも客として出入りしていた原田と知り合い、同人の事業も順調であるように見え、また、その弟である原田勇雄も手広く不動産業を営んでいたので、控訴人としては、原田の経営手腕を高く評価し、同人を信用していた。

そこで、控訴人は原田が昭和五三年二月二日埼玉県信用農業協同組合連合会(県信連)から五〇〇〇万円の融資を受けるに際し、同人の依頼に応じて連帯保証をするとともに控訴人所有の川越市大字上戸字天王一八二番一の畑一四〇〇平方メートル(以下「本件担保土地」という。)に根抵当権を設定し、その裏付けとして原田から桐生市堤町三丁目二六九五番七の宅地を担保として取得し、所有権移転登記を受けた(これは、後日売却処分してその売得金中八〇〇万円を控訴人が受領した。)。

3  原田は、昭和五三年二月末ごろ、同支店に間瀬サーキツト振出の額面金額四〇〇〇万円、支払期日同年七月一〇日の約束手形一通を持ち込み、これは原田工務所が売却した北海道の土地代金として受け取つたものであり、分散融資の返済にも充当するので割引いて貰いたいと申し入れたが、同支店では、土地代金全額が手形で支払われているなどに不安を感じ、間瀬サーキツトの取引銀行に依頼して同会社の信用調査をしてもらつた結果、「先ず懸念はなかろう」という回答を得たので、ひとまず手形割引を拒否したものの、将来これが決済されれば、分散融資の返済財源にもなりうるとの考えから、これを担保とする手形貸付の方向で検討することとし、右手形を同支店において保管し、原田に対しては手形貸付には担保不足であるから別途担保提供を用意するよう求めた。

4  そこで、原田は、同年三月初めごろ、再度にわたり控訴人方を訪ね、控訴人に対し「大儲けする函館の土地の購入資金を被控訴人より借りたいが、間瀬サーキツトの手形を現金化するには時間がかかるし、急を要するので、県信連に入れた物件に二番抵当を設定してほしい。儲けて第一順位の担保登記も抹消する。」などと申し向けて説得に努め、他方、同支店長に対しては控訴人が担保提供者となる旨を報告した。

右報告を受けた同支店では、融資課長野口孝行が本件担保土地の調査をしたうえ、同年三月六日付で原田工務所に対する融資につき本店の稟議にかけ、同稟議書においては、融資申込理由として、「当社の資金繰難の解消は収益物件の購入とその早期売却と思料され、本件については収益性が高く資金繰の解消に寄与するものである」とし、融資金の使途は「経常運転資金、諸経費支払資金」とし、返済方法は「代手落込により返済、(株)間瀬サーキツトサービス ¥40,000千円 53.7.10期日」とし、また、保証人欄には「原田洋満、代表取締役、会社役員」と記載したが、同支店と原田との間で、本件融資金により当時存在した同支店の原田工務所に対する不正融資ともいうべき分散融資二五五〇万円、にぎり分(留置分ともいい、当座預金残高が不足しているのに不渡処分にせず、決済したことにして当該手形・小切手を金融機関の手許に保留するもの)七〇〇万円合計三二五〇万円を解消させるためこれに充当することが合意された。

5  原田による前記説得の結果、控訴人は原田の依頼による前記担保提供を承諾し、同年三月九日自己所有の不動産の権利証、実印、印鑑証明書を携行して原田と同支店に同行し、同支店長及び同支店野口融資課長に対し原田から控訴人を紹介した。同支店長は、控訴人の担保提供については原田と控訴人との間で既に了解がついているものと信じていたが、当日本店より控訴人から担保提供だけでなく連帯保証をもとるよう指示されたので、改めて控訴人に対し根抵当権設定及び連帯保証の双方につき意思確認をしたところ、控訴人は「原田社長は若いがだいぶ頑張つているので担保提供してあげるのですよ。」と答え、同支店長が「原田さんは大丈夫ですよ。心配はないですよ。」とか、「原田さんもこれで大儲けができますね。」と発言するなどのやりとりがあつたのち、控訴人が根抵当権設定及び連帯保証のいずれも承諾したので、本件担保契約を締結し、関係書類に各自署名押印をしたが、ただその作成日付は融資実行の都合上同月一一日付とした。その際、控訴人が同支店長に対し原田の返済財源について尋ねたので、同支店長は原田から手形を預つているといつて上記間瀬サーキツトの手形を示し、そのコピーを控訴人に交付したうえ、本件担保契約の支払期日を右手形の支払期日にあわせて昭和五三年七月一〇日としたが、原田の支払能力や控訴人の保証責任ないし担保責任については、いずれからも前記のほか別段言及することもなかつた。

そして、同月一一日同支店から本件融資が実行され、手数料を差し引いた三八七五万余円が原田工務所の当座預金口座に振り込まれたが、本件融資金をもつて前記分散融資等を全額弁済することに対し、原田がそれでは支払手形の決済が不可能となり、原田工務所の倒産は必至であると強硬に反対したので、同支店側も折れてにぎり分七〇〇万円を引き落とすに止め、その余は支払手形の決済に充当された。

6  ところが、同支店では、司法書士に依頼して本件担保土地についての根抵当権設定登記手続は完了しているつもりでいたが、控訴人より預つた権利証のなかに本件担保土地の権利証がたまたま欠落していたため、これについての登記が未了のままであり、代りに本件担保土地以外の川越市大字上戸字新田屋敷の土地一二筆について登記手続がとられていたことが判明したので、同年三月一五日同支店の中村一夫を派遣して控訴人にその間の事情を説明して本件担保土地に関する追加根抵当権設定契約書に改めて控訴人の署名押印を求めたところ、控訴人も了承してこれに署名押印し、本件担保土地につきその登記を了することができ、本件担保土地以外の前記土地に関する登記を抹消した。

7  同支店は、その後原田工務所の資金事情が急速に悪化したので、昭和五三年四月二〇日の時点でこれに対する支援を打ち切り、原田工務所を倒産させることも考えたが、同支店が主力金融機関であつて、原田工務所が地元における大口取引先であること、別口の融資残額も多額に上ることなど諸般の状況からなお右会社に対する援助を継続した。他方、控訴人も同年五月ごろ原田に対し別途一一〇〇万円を貸し付けた。しかし、原田工務所は同年七月二七日遂に倒産するに至り、控訴人は昭和五四年一月二九日本件担保土地を売却して被控訴人に対し控訴人主張の全額を弁済した(この点は当事者間に争いがない。)。

以上の認定事実に照らすと、本件融資については、原田が同支店長との間で少なくとも同支店が当時その解消を急務としていた分散融資やにぎり分合計三二五〇万円の返済を約しながら、融資実行の段階でその四分の一にも満たないにぎり分七〇〇万円の解消をみたにすぎない結果となり、その余は原田工務所の支払手形の決済に充当されたものの、それ自体、原田工務所の不渡処分、ひいては倒産を回避するためやむなく行われたものであつて、これを違法、不当なものとはいえないこと、同支店長、野口融資課長らは、本件融資については、第一義的に間瀬サーキツトの手形決済による弁済を期待し、その担保不足ないしは不渡りなど不測の事態に備えて控訴人の担保責任及び保証責任を考えていたものであつて、その後原田工務所の資金事情が悪化したのちも同年七月二七日同会社倒産に至るまで能う限り資金援助を継続したものであること、他方控訴人は、当時原田を信用しており、同年二月二日県信連の融資五〇〇〇万円についても原田のため連帯保証及び根抵当権設定を承諾し、更に本件融資より二か月後の同年五月にも原田に一一〇〇万円を融資していること、控訴人はゴルフ練習場を経営し金融取引にも浅からぬ知識と経験を有していると認められることなどを総合考慮すると、控訴人は、先に提供した県信連に対する担保の解除の期待と原田に対する支援の意思から、遅くとも同年三月九日原田と同支店に同行するまでに、原田よりなされた担保提供の依頼を承諾し、同支店において、連帯保証(これはその場で同支店長から申し入れたものである。)を含めて本件担保契約を締結したものと認めるのが相当である。原審における控訴人本人尋問の結果中、控訴人が担保権設定のための関係書類や実印等一切を携行して同支店まで原田と同行しながら、なお、契約をするかどうか五分、五分の気持であつたとか、又は単に相談する目的であつたと述べ、あるいは、同支店長より前記のように原田さんは大丈夫ですよなどといわれたからこれを信じて本件担保契約を締結した旨の供述部分はたやすく信用できないし、≪証拠≫も右認定を左右するに足りず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件担保契約が同支店長の詐欺あるいは権利濫用の不法行為によるものであるとする控訴人の主張は採用し難く、また、これが動機の錯誤に基づくという控訴人の主張も、前記事実関係に照らして理由がないのみならず、そもそも、同支店長の前示発言のごときは、取引上一般に用いられている単なる常套語の域を出ないものであつて、控訴人がこれに依拠して契約意思を決定したとは到底考えられないし、仮にそうでないとしても、控訴人のかかる内心の意思が相手方である被控訴人に対し明示ないしは黙示的に契約内容として表明されたものと認めるに足りる証拠もない。

三  叙上の次第で、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので、失当として棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であつてこれが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却

(裁判長裁判官 松岡登 裁判官 牧山市治 小野剛)

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